前回までのあらすじ
- 今注目の文房具メーカーに研究者として勤める新は 先輩研究員の颯真と研究チームを組み 新商品開発プロジェクトに挑んでいる。
- 新と同期入社で若手のホープと称される事業企画部の悟がプロジェクトチームに加わった。
- 新は新商品の企画案(美文字矯正ボールペン)を練り そのコンセプト技術について基本特許の出願を行った。
- 新商品の社内コンペの一次選考会が迫っており チーム一丸で企画案を詰めているところである。
出願書類への落とし込み方
僕が企画した新商品の案はこちらです!社内コンペの一次選考が迫っているので頑張ります!
このお話で学べること
- 他社特許によるリスクとは?
- 他社特許対策の意義は?
- 他社特許対策の全体像は?
一緒に楽しく学んでいきましょう!
本編
社内コンペに出す新商品のコンセプトが固まり、基本特許の出願も無事に終えたチーム新。
ところが…美文字矯正ボールペンの基幹部品の一つであるセンサーの開発は、文房具メーカーである新の会社では困難。
たまたま特許部にインターン生として来ていた理人の所属する大学の研究室が、センサー研究において日本トップクラスであることを思い出した新は…?
理人(りひと)23歳
理系の大学院に通う修士1年生
研究室で日々研究に励み中
就活で新達の会社にインターンシップ中
瑛大さん今日もインターンよろしくお願いします。本日のテーマは何ですか?
今日は初めにちょっと話したいことがあるんだ。颯真くんお願いできるかな?
理人くん初めまして。新と一緒に瑛大さんから特許のことを学んでいるんやってな。めっちゃ優秀やって新から聞いてるで!
はじめまして…!新さんにはいつも優しくしてもらってお世話になっています!
実はやな…新と俺は新商品開発のプロジェクトチームを組んどるんよ。新が画期的な技術を考えてくれて無事基本特許の出願も終えたところなんやけど…
…どうしても僕らだけでは開発が難しそうなパーツがあるんだ。
新さん初めての特許出願完了したんですね!おめでとうございます!
まだ出願を終えただけで特許権になるかどうかはこれから次第だけどね!
瑛大さん…厳しいです!笑
それで…その開発が難しそうなパーツってどういうものなんですか?
詳しくはまだ言えないけどセンサーに関するものなんだ。それで…確か理人くんってセンサーで有名な仙嵯教授の研究室所属だったよね?
仙嵯(せんさ)教授
理人が所属している大学研究室の教授
センサー関連の研究で日本トップクラスの実力
そうです!…もしかして共同研究の申し出ですか!?
その通り!一度お話させて頂きたいんやけどどうやろか?前向きに検討できそうやったら秘密保持契約(NDA)結んで具体的な相談もしたいんやけど…
わかりました!今日帰ったら教授に話してみます!とてもワクワクします!
ありがとう!よろしくお願いします!
次の日…
理人から新に電話が掛かって来た。
もしもし理人くん?電話ありがとう!昨日の件かな?
そうです!仙嵯教授も興味あるようで是非お会いしたいとのことです!
ほ、ほんと!?良かった~!ありがとう!それじゃあ打合せの調整させてもらうね!
はい!よろしくお願いします!
その後、仙嵯教授との打合せを経て共同研究をしていくことに決まった。
開発するセンサーの構想もまとまり、新たちの新商品の企画書が遂に出来上がった。
共同研究についても学ぶべき重要なポイントがたくさんあります。いずれサイドストーリーとして共同研究編を描きたいと思いますので楽しみにお待ちください。
そして迎えた新商品開発プロジェクトの社内コンペ一次選考会。
各チームによる企画案のプレゼンが進んでいく。
次は、颯真、新、悟のチームだな。バックアップで瑛大、共同研究として仙嵯教授と理人くんか…。それじゃあ発表してくれ。
は、はひっ!
まぁそんな焦んなや 新。お前のプランめっちゃオモロイから大丈夫や。堂々とやってこい。
ミスったらちゃんといじってやるから心配すんな。笑
う、うるさいな!でもありがとうございます。落ち着きました!いってきます!
以上が僕たちの新商品企画案です。美文字矯正ボールペン、ぜひやらせてください!
お疲れ!プレゼン良かったで!
ありがとうございます!
全てのチームの発表が終わり…
いよいよ一次選考会の結果発表の時を迎える…!
短い時間で皆よく考えてきてくれた。既存製品の改良も重要だが、時間を確保して自由な発想でアイデアを考えることは研究者としての成長を加速させる。選考会の結果に一喜一憂せず研究に励んでくれ。
さすが朔さん。良いこと言うなぁ。
それでは結果を発表する。今回は一次選考のため通過は3チームだ。
①プレゼン変換ノート
②デジタルホワイトボード
③美文字矯正ボールペン
や、やったー!!
へへっ…当然っしょ。
まずは一安心やな。
通過チームおめでとう。探索ステージのテーマとして正式に認める。予算も優先的に割り当てるので半年後の最終選考まで頑張ってくれ。
はい!ありがとうございます!
技術面は当然のこと、最終選考では事業性もしっかり考慮に入れていく。顧客層や収益予測等も含めてプランを具体化して欲しい。
それは俺の役割だな。任せて下さい。
もう一つ…事業化を狙う以上 他社特許対策の観点も忘れないように頼む。
・・・??
新は他社特許対策についてはまだよく知らんかったよな。これ終わったら瑛大さんところに教わりに行ってきたらええわ。
はい!そうします!
無事通過で幕を閉じた社内コンペの一次選考会!
今後のことを考えていくために、まずは瑛大に「他社特許対策」について教わりに行くことに…
お!新くん!さっきはコンペ通過おめでとう!
ありがとうございます!今後の計画も練っていきたいので、朔さんの言っていた他社特許対策について教えて貰いに来ました。
OK!それじゃあ今日は他社特許対策の位置付けと全体像を教えるね!
よろしくお願いします!
まずは、大前提として他社特許に潜むリスクとは一体何なのかを理解しておこう。仮に自社事業で実施する技術内容の範囲がこんな感じだったとしよう。
それに対して他社の保有している特許権の範囲がこうなっていたとしたらどうなると思う?
自社の事業で用いる技術の一部が他社の特許権を踏んでしまっていますね…!他人の陣地内に入り込んで事業をしようとしてしまっているということですよね!?
その通り。これは極めて危険な状況です。他社が保有している特許権に基づいて侵害訴訟を提供される恐れがあります。
し、侵害訴訟…怖いですね…その訴訟に負けてしまうとどうなるんですか?
製造や販売行為が差止されてしまい、最悪の場合は折角立ち上げた事業そのものを畳まなくてはいけない事態になります。
大問題じゃないですか!顧客に対しても相当な迷惑を掛ける恐れがありますね…
加えて損害賠償を支払う場合、それが高額なら再出発が厳しいような重篤なダメージを負うこともあり得るよ。
朔さんが他社特許対策の観点を忘れないようにと言った理由が分かりました。特許権を侵害するかどうかは事業の進退をも左右し得ることなので、研究開発の道筋を決める上で決して無視できないものですね。
そうだね…一方で、他社特許が将来的に自社事業に影響を及ぼすかどうかというのは、実は多くの不確定要素(リスク)を含むものなんだ。だから、判断が難しいという側面があることも理解しなければいけない。
なるほど…単純じゃないんですね。そのリスク要因って例えばどういうものがあるんですか?
今日は大きく分けて3つ解説するね。一つ目は、他社の特許が権利として成立し得る範囲です。特許出願をしただけでは審査を突破するかどうかすら分からないよね。
確かにそうですね!それに…仮に審査を突破するとしても、審査過程で権利範囲は補正により移り変わっていくことも多いんですよね?
その通りです!リスク要因の二つ目は、自社が実施し得る技術の内容です。
なるほど…自社の新規事業が立ち上がるまでの過程では、研究開発を経て技術内容もまた移り変わっていきますね。
そっかぁ…他社特許の権利範囲も、自社の想定実施技術も移り変わっていく可能性があるから、そのリスクを織り込んで他社特許による将来事業への影響を見積もらないといけないんですね。
そうなんだ。更に付け加えると、実際に訴訟が提供されるかや勝敗がどうなるかもリスク要因だよね。
んっと…どういうことですか?
内容としては特許権を侵害するものであっても、実際に侵害を発見して訴訟で勝ち切れるかどうかは特許の質次第なんだ。それに、お互いにビジネスをしている以上、自社と他社の関係性によって立ち回り方は変わるよね。
これらを踏まえてリスクコントロールをしていくことが他社特許対策の真髄です。もう少し詳しく他社特許対策の意義を説明していくね。
今説明したのは、自社が既に事業実施をしていて、且つそれに対して他社が侵害訴訟を提起してしまっている段階です。要は、自社実施技術も、他社特許の権利範囲も、どちらも「確定」してしまった状況だね。
これはもう自社にとっては背水の陣ですね!事業継続の命運をかけて、何としても侵害訴訟を乗り切るしかないです。
他社特許対策で本当に大切なのは、この背水の陣を乗り切ることではないんだ。何か分かるかな…?
これは分かります!そこに至るまでに如何にリスクコントロールしておくかということですね?
バッチリだね!他社特許については、侵害訴訟を提起される以前に、特許出願をして権利になるかどうかという卵の段階があった筈だね。
自社技術についても、研究企画をし、テーマを選定し、研究開発を進めていく中で事業実施する技術内容を確立していきます。
その通り!この段階から手当てをしていけばリスクコントロールができるよね!
それじゃあ少しだけ時間を巻き戻してみよう。仮に自社実施技術が既に概ね内定し、他社特許の権利範囲が確定していたとしても、実際に侵害訴訟が勃発する前ならばできることはある。
そういえば前に瑛大さん仰っていましたよね。特許権は後からでも潰しに掛かる制度が用意されているって…
よく覚えていたね!それに、事業実施を始めて技術内容が知られる前であれば、手の内を隠しながら何かしら事前交渉しておくことも考えられるよね。
更に前の段階に目を向けてみるとどうかな?
そうですね…懸念している他社特許がまだ出願を終えただけの段階ならば、その特許の権利範囲は未確定の状態ですよね?
良いところに目を付けたね!その段階であれば、自社が想定している事業へのダメージが大きい範囲での成立を未然に阻止する手段も取り得るね!
更に言えば…自社技術がまだ研究企画や開発の途中であれば、事業で実施する技術もまた未確定の状態ですよね。
その段階ならば、特許環境を踏まえて他社特許のリスクが大きい範囲を避けて機動的に開発の軌道を修正することも可能だね。
それは、研究者としてとても大切そうな視点ですね!
その通り!特許制度では、ライバル達が特許権欲しさに傾注している研究開発領域や技術情報をオープンにしてくれている!この情報を使わない手はないよね。
確かにそうですね!特許を通してライバル達の技術開発状況を把握し、無駄な重複研究を避けたり、他社の技術情報を取り込んで自社の研究開発を効率化できそうです!
他人が傾注している技術領域は入り込んでも過当競争に陥る可能性があるからね…それを踏まえて早い段階で開発の方向性を変えてしまうのもアリです。
なるほど…他社特許対策ではどれだけ早い段階でリスクコントロールするかが大切なんですね!?
まさしくその通りなんだけど…そう単純でもないのが他社特許対策の難しいところなんだ…
どういうことですか!?
確かに前倒しであればある程対策の柔軟性は高くてコントロールし易い。その反面、自社技術も他社特許も未確定の要素が多くて、対策の内容を決め切るのは難しいという側面もあるんだ。
うっ…確かにそうですね…。
一方で後倒しにすればする程不確定な要素は少なくなってくるけれど、後に引
っ張り過ぎると取り得る対策の柔軟性は低くなってしまう
う~ん…ジレンマですね。
他社特許によるリスク状況を絶えずモニタリングして、適時に対策を施していくことが大切だね。
次回から具体的に他社特許対策の中身の説明をしていきます。その予告として、全体像を伝えておくね。
ありがとうございます!よろしくお願いします!
全体的な流れとしては…自社技術と他社特許の内容を対比しながら両者が近しい関係にあるものを段階的に絞り込んでいくイメージです。
まずは機械検索を用いて他社特許の調査を行います。
最初は機械検索で絞れるところまで絞って、次に人の目を入れて対策を要する特許をスクリーニングしていくんですね。
対策が必要としたものについては、さっき説明したようなリスクを織り込んでモニタリングし、対策の時期や内容を見極めていくよ。
監視をしながら、ここぞというタイミングで対策手段を実行していく訳ですね!
そうだね!但し、他社特許対策では一度で対策を終えることは少ないです。不確定要素が具体化されていくのに合わせて、段階的にカードを切って対策をしていくイメージだよ。
今日も勉強になりました!ありがとうございました!
お疲れ様!次回からも頑張っていきましょう!
次回へ続く。
侵害予防調査と無効資料調査
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