前回までのあらすじ
- 今注目の文房具メーカーに研究者として勤める新は 先輩研究員の颯真と研究チームを組み 新商品開発プロジェクトに挑んでいる。
- 新と同期入社で若手のホープと称される事業企画部の悟(さとる)がプロジェクトチームに加わった。
- 新が考えた新商品コンセプトの技術について特許出願をするため 新と悟は特許部の瑛大と相談を開始した。
- 出願内容を設計するには先行技術調査が必要であるため 特許部の美人サーチャー 葵の力を借りながら調査を実行中である。
特許出願前の先行技術調査
このお話で学べること
- 特許出願の検討の進め方(おさらい)
- 特許出願のストーリー性(進歩性とサポート要件)を強化するコツ
一緒に楽しく学んでいきましょう!
本編
葵から特許調査の全体像についてガイダンスを受けた新と悟。
いよいよ新の出願内容に関する先行技術調査の打合せを行うことになった。
気を利かせた悟は別件の打合せと嘘をついて新と葵を二人きりにすることに成功した。
その後打合せは進み… 出願前先行技術調査の範囲が無事まとまった。
葵さんありがとうございました!良い調査範囲に落とし込めたと思います!
そうだね♡新くんが発明のコンセプトを丁寧に伝えてくれたから良い検索式が組めたと思います!それにしても…とっても面白い技術だね♡
嬉しいです!出願もしっかりしてプロジェクトのコンペ勝ち抜きたいと思います!
頑張ってね♡応援してます!
あ…そういえば…今年の特許検索競技大会ってそろそろでしたよね?
気に掛けてくれていたんだ!ありがとう♡実は先週に大会が開催されたの。
え!そうだったんですか!?えっと…結果はどうだったんですか…?
実はね…目標だった最優秀賞を頂くことができました♡
どわ~!すごい!おめでとうございます!!
ありがとう♡実はさっき食べてたマリトッツォはそのご褒美だったの…
え~!最優秀賞のご褒美がパン一個ですか!?
このパン屋さんのマリトッツォすごい人気なんだよ!我慢できなくてお昼休み前倒しにしちゃった♡
… あ、あの…もしよければお祝いに食事でもいきませんか?
…え?///
あ、いや、僕じゃ役不足だと思うんですけど…調査でお世話になっているお礼も兼ねてというか…ダメですか?
そ、そんなことないよ!突然のお誘いでちょっと慌てちゃって…ありがとう。嬉しいです。
!!それじゃあOKですか!?
うん!ぜひ♡でも…私だけお祝いしてもらうのは悪いから…
…?
新くんが新商品開発プロジェクトのコンペを無事勝ち抜いたらそのお祝いも一緒にするというのはどうかな…?
えっと…それは…皆で一緒にってことですよね?
あ、あの…
わ~! ごめんなさい!何口走ってんだろ…忘れてください!
新くんが嫌じゃなければ…私は2人でも、嬉しいです///
ほ、ほんとですか!?ぜひよろしくお願いします!プロジェクトのコンペ頑張ります!
楽しみにしてるね!応援してます♡
よ~し!それじゃあまずは初めての特許出願きっちりやらなきゃ!葵さん、調査ありがとうございました!
こちらこそ♡また何か困ったことがあったら遠慮せずに言ってね。
はい!よろしくお願いします!
葵との約束で俄然やる気が湧いてきた新。
たった一日で先行技術文献全てに目を通してしまった。
次の日…
颯真さん!出願前の先行技術調査終わりました!
はやっ!なんや新めっちゃ張り切ってんなぁ!どないしたんや?
それは…先輩には秘密です!
なんでやねん!笑
まぁええか…触れないでおいたるわ。そしたら瑛大さんと本格的に出願内容の落とし込みしてきて貰えるか?
お~二人とも、聞いてたぞ。プロジェクトに出す新商品コンセプトが遂に決まったようだな。
朔(さく)36歳
新や颯真の上司
数々のヒットを飛ばしてきたスーパー研究者
瑛大とは同期で親友
朔さん、期待しとって下さい。新の考えたアイデア中々面白いですよ。早速出願に向けて準備しているところです。
ほ~それは嬉しい報告だな。新は特許出願をするのが入社して初めてだったよな?
はい!瑛大さんに出願の設計の仕方のポイントを指導頂きながら進めています!
そうか。新も研究開発にどれだけ特許の考え方が大切か分かってきたようだな。ちなみに、特許出願については今どんなことを学んでいるんだ?
特許出願としての質を決める要素には、権利範囲、特許性、侵害立証性等の様々なものがあります。これらの各項目の質を高めるように出願書類を設計していくことが大切だと習いました。
ふむ。理想的には全ての項目で100点の質を目指したいところだが…早い者勝ちの特許の世界において完璧を目指して遅れをとるのも本末転倒だな。
特許は複数件出願して群として価値を築くものやから、1件の特許だけで完璧を目指すことはナンセンスとも言えるな。
はい!だからこそ、各特許出願の目的に沿う価値項目を優先して高めるような設計が大事なんですよね!
よく理解できているな。
特許出願の設計図の描き方
但し、これらの各項目は複雑に相関している。出願内容は焦らずに段階的に落とし込んでいくのがコツだな。
そうですね!①仮設計②本設計③書類作成の3段階で検討を進めています。ちょうど①仮設計が済んだところです!
①仮設計段階の検討ポイントはなんだ?
足切り点を下回らない範疇で事業的に欲しい権利範囲を描くことです。
ほう…的を射た表現やな。足切り点を下回らないってのがどういう意味か念のため説明して貰えるか?
特許出願の目的に沿う価値項目を優先的に高めるのは大切なのですが…注意が必要なのは大前提として押さえておかないと出願の艇を為さなくなる項目(足切り点)があるということです。
具体的には?
2つあります。1つ目は自分達が見出した発明の技術的ポイントを逸脱しないように範囲設計することです。
そうだな。事業的に欲しい権利範囲を思い描いているうちに、実際に見出した技術アイデアや実験結果から乖離してしまうことが意外とよくある。
そうなってしもたら、欲しい権利範囲を描いたところで絵空事になってしまうわな。逆に言えば、その絵空事を実現することが次の新しい研究開発の指針になったりすることもあるんやけどな。
なるほど!そんな風には考えませんでした!
特許というのは各社の研究開発の方向性や陣地を見える化してくれるツールとも言える。ただ特許権をとるだけではなく、その活動を通して風を感じ研究開発の舵をとれるようになったら一流だな。
今回のプロジェクトを通して新もそういう経験が出来たらええな。ほんで、足切り点のもう一つはなんや?
はい!2つ目はこの段階で最低限の特許性を確保しておくことです!
せっかく出願をしても審査を突破できなければ出し損になってしまうからな。世の中に大事な技術情報を公開までしている訳だから基本的には権利になる出願をするべきだな。
そうは言うても全ての審査のチェックポイントを通過できるように設計するには踏み込んだ検討が必要や。すばり仮設計の段階で押さえておくべきポイントは!?
新規性です!先行技術とは異なる新しい技術的ポイントを明確にしておかないと審査を超えられる筈が無いですもんね。
そのために葵の力を借りて先行技術調査をしとったって訳やな。
これら2つの足切り点を越えつつ事業的に欲しい権利範囲を仮止めするイメージですね!
確かにその検討は入口で済ませておいた方が良い。中身の伴わない単なる願望特許が仕上がる恐れがあるからな。
いいんじゃないか。その調子で瑛大に教えて貰いながら本設計を進めたら良い出願ができると思うぞ。
いいんじゃないか。その調子で瑛大に教えて貰いながら本設計を進めたら良い出願ができると思うぞ。
瑛大さんこんにちは!先行技術調査終わりました!出願内容の本設計の相談よろしくお願いします!
新くんこんにちは。ちょうど今、朔から電話を貰ったよ。順調に学べているようで安心したって褒めてたよ。
朔さんがですか!?…たまには直接褒めてくれたって良いのになぁ!
ははは。朔はちょっぴりムッツリだからね。笑
特許出願の仮設計でやってきたことのポイントもよく理解できているようだね。改めて図で整理するとこんな感じです。
この状態を前提として本設計に入っていくよ。次にやるべきことは “仮設計で描いた希望範囲を実現するために強度を上げる” ことです。
…なるほど。仮設計では審査の足切り点をクリアできる程度の質で権利範囲を仮止めしたに過ぎないですもんね。この権利範囲を実現できるように内容の補強を図るイメージですね?
ズバリその通り!本設計で強化を図るキーワードは進歩性とサポート要件です!
進歩性もサポート要件も特許権を認めてもらうために審査で超えるべきチェックポイントですよね。
そうだね。どちらも前に詳しく解説済だから忘れてしまった場合は復習しておいてね。
進歩性を攻略するには?
特許審査の意外な伏兵(記載要件)
この2つに共通して大切なポイントがあるんだけど分かるかな?
う~ん…なんでしょう…わからないです。
どちらも “発明としてのストーリー性を問われる” ということです!
思い出しました!先行技術にはどのような①課題があり、それをどのような②手段で解決し、どのような③効果(結果)が得られたのか、①~③の3点セットが発明のストーリー性ですよね!
まずは進歩性の強化について説明するね。
前に、新規性は第一関門、進歩性はその先に立ちはだかる第二関門のイメージだと教えて頂きましたよね。
よく覚えていてくれているね!
仮設計の段階で少なくとも新規性はクリアできるようにしておいたよね。つまり、先行技術とは異なるような新しい技術的特徴を何かしら見出してはあるという状態だね。
第二関門の進歩性を超えるためにはもう一歩踏み込んだ強化が必要なんですね?単に違いがある(新規性)というだけではなく、それが簡単には思い付かないレベルのものである(進歩性)というストーリーを組み立てる!
バッチリです!
もう少し具体的に言うと…先行技術では達成することができない “課題” を “解決” するために、他の文献や技術情報等を手掛かりに、その発明のポイントである技術的 “手段” を簡単に思い付くことができたかが問われます。
審査官から、どのような手掛かりがあったと言われそうかを想定し、それでも簡単に思い付くことはできませんと言えるだけのストーリー性を先回りして組んでおくイメージですね。
進歩性の強化についてはイメージが掴めました!もう一つのサポート要件について教えて下さい!
OK!新くんが特許出願しようとしている発明の核となる技術アイデアや実験結果は飽くまで「点」だよね。でも…権利範囲はそこから拡張した「面」で請求していく。
なるほど…その拡げた権利範囲の位置や広さの妥当性が問われるんですね?
新くんはもう随分理解が進んでいるね!
発明の核となる部分は課題を解決できるということを具体的に見出している。問われるのは…権利範囲の外縁まで “手段” を拡張したとしても同様に “課題” を “解決” できるかだよ。
そうすると…権利範囲のあらゆるところで実証が必要でしょうか?特許出願のためだけに沢山実験するのは大変そうだなぁ。
そんなことないよ!大切なのは、確かにここまで拡げても課題を解決できそうだなと思えるだけの説明が論理的に為されているかです。サポート要件もストーリー性だと言ったのはそういう意味です。
イメージは良く分かりました!それでは実際に僕の発明について出願内容の本設計をさせて下さい!
そうしよう!新くんの発明のポイントを整理するとこんな感じだったよね。
本設計ではストーリーを組んでいくから…まずは課題-解決手段-効果の3点セットで整理をしてみよう!課題は何になるかな?
これまでの美文字矯正はノウハウ的でプロの主観に頼った個別指導に限られてきたことです。
うんうん!その課題に対して見出した解決手段は何かな?
ボールペンにセンサーとチップを取り付けたことです!
その結果得られる効果は何かな?
筆跡等の書き方に関する種々のデータを採取して対比することができます!そのデータを基に客観的に美文字矯正の指導ができるようになります!
うんうん!やっぱり面白いコンセプトだね!
それじゃ…葵さんとの出願前先行技術調査で見つかった文献を教えて貰えるかな?
近しいものは2つありました。1つ目は持ち手の部分に握った時の圧力を検知するセンサーが付いたボールペンです。2つ目は音声を保存するデータチップ(ボイスレコーダー)が付いたボールペンです。
なるほどね…。センサーもチップも両方とも内蔵したボールペンは見つからなかったものの、センサーかチップのどちらかだけを内蔵したものは従来技術として存在していたということだね。
手段としては2つを組み合わせてしまえば思い付きますもんね…。進歩性をクリアするのは難しいんでしょうか…。
そんなことないよ!ストーリーを深堀して補強していこう!
お、お願いします!
先行技術の内容を読んでみたけれど…持ち手部に圧力センサーが付いたボールペンは、文字を書く時に力が入り過ぎると疲れるから単にそれを知らせる目的で圧力センサーを取り付けたみたいだね。
…!
課題が全然違う!
ボイスレコーダー付きボールペンについても、打合せで突然録音が必要となった場合に都合よくレコーダーを持ち合わせていることは少ないから、常時携帯しているボールペンにその機能を取って付けただけみたいだよ。
…!
センサーやチップを設ける意図が全く異なりますね!
その通り!文字を書くことそのもののデータを採取して分析しようという動機はこれら2つの文献には無いよね!
はい!先行技術の背景や課題に着目してみると、2つを組み合わせてみようとは思わ
ないというストーリーが立てられます!
あとはサポート要件に対する補強ですね!
進歩性で組み立てたストーリーと睨めっこしながら補強をするのがコツだよ!
どういうことですか!?進歩性とサポート要件の主張内容には繋がりがあるということですか…?
さっき立てたストーリーを裏返すと…センサーとチップを取り付けさせすれば何でも良いという訳ではなく、美文字矯正の機能に紐づいたものを組み込んだのがポイントということになるよね?
それにもかかわらず、仮設計段階の権利範囲の外縁には、単にセンサーとチップを取り付けるということしか表現されていないね?これ…ストーリーとして釣り合いとれているかな?
と、とれていないです…。ボールペンにセンサーとチップを取り付けるだけというところまで拡張すると課題を解決できないものまで含まれそうですね。
そうだね。 例えば、持ち手部に圧力センサー、ペン先部に軌道を検知するセンサー、それらの採取値を保存するデータチップのようなことを具体的に表現した方が良さそうだね。
但し、これは仮設計していた権利範囲を一部縮小することにもなるから、そこが果たして事業上欲しい権利範囲かという点検は欠かさないようにしないとね。
本設計の工程ではこんな感じで課題-解決手段-効果の3点セットでストーリー構築をします。
た、大変でしたけどイメージが具体的になりました!
良かった!方向性もまとまって来たし、次回からはいよいよ出願書類の作成に入っていこう!
このストーリーの骨格を基に文章に落とし込む工程はプロの弁理士さんの力を借りていくよ!
お!!茂瑚山さんと真琴さんですか!?
そうだね!2人に打合せのアポをとっておくね。
ありがとうございます!よろしくお願いします!
遂に方向性がまとまってきた 新の初めての特許出願。
いよいよ弁理士を交えての打合せへ!
次回へ続く。
出願書類への落とし込み方
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