技術立脚の事業を創出する企業では、研究開発への投資とその成果の最大化が重要です。そのためにはR&Dにより生じるデータやナレッジ等の成果を会社に帰属させ、知的財産として効果的に管理・活用する必要があります。この記事では、そのプロセスに着目し、ナレッジマネジメントの重要性とその実践方法を掘り下げていきます。また、知財の専門性を有する人材のポテンシャルとして、知的財産「権」の活用に留まらず、会社のナレッジ全般(知的財産そのもの)を活性化させることで研究開発プロセスに貢献し、事業の資産価値を高める役割を担う人材像を考察します。
無形資産の管理の重要性
技術立脚の事業を営む企業にとって、研究開発から生じる成果としての無形資産を管理することは以下の三つの側面からその重要性が理解できます。
加速度的かつ持続的な成果の創出
R&Dで得られる成果を企業全体の共有知として活用することは、会社の創造性に直結します。共有知のデータベースを構築し、社内で容易にアクセスできるようにすることで、メンバーが過去の研究や開発の成果から学び、新たなアイデアや製品開発に活かすことが可能になります。共有知の総量と使い勝手は研究開発のエンジンと言えるものであり、事業競争力の源泉です。
企業価値の向上
無形資産を知的財産として形式化し会社に帰属させる行為は、企業の強みや成長性をステークホルダーに客観的に示すことに繋がります。特許、意匠、商標、著作権などの知的財産権は、資産として市場や投資家に認識され、企業のブランド価値や信頼性を高める効果を持ちます。仮に権利取得しない場合であっても、ドキュメント化されたナレッジは(例えばDD等においても)客観的評価の対象になります。結果的に、投資家からの資金調達、市場における優位性、顧客からの信頼獲得など、会社の時価総額となって顕れます。
投下資本に対するリターンの確保
成果やナレッジが個人に帰属している状態では、例えばその人材が退職する際にはそれらが一瞬にして失われることになります。会社として投下した資本が、会社にリターンされない状態ということです。知的財産としての形式化を経なければ、このリスクを常に抱えた状態になります。
ナレッジマネジメントの実践
無形資産を効果的に管理するためには、研究開発で生じる成果を体系化して容易にアクセスできる状態を整備し推進すること(ナレッジマネジメント)が大切です。以下のプロセスが要点になります。
データベースの構築
研究開発から生じるデータや成果を一元的に管理するためのデータベースの構築は、ナレッジマネジメントの基盤になります。社内の様々な部門やチームが容易にアクセスし、必要な情報を迅速に検索できるように設計する必要があります。例えば、過去のプロジェクトの報告書、研究データ、市場分析、特許情報など、幅広い種類の一次情報を体系的に管理します。
ドキュメンテーションの重要性
研究成果を文書化し社内で共有することはナレッジの活用に向けた中心的な役割を果たします。ドキュメンテーションにおいては、単に事実や結果を羅列するだけではなく、それらに対する思考やプロセスがセットになって表現されること(知的財産)が大切です。データベースでは情報の網羅性や検索性を重視しますが、成果として活用され、資産として評価の対象になるのは、ドキュメント化された上澄みの情報です。
文化と仕組みの構築
ナレッジマネジメントを成功させるためには、情報の形式知化と共有知化を促進する企業文化と仕組みの構築が不可欠です。これには、社員が知識を共有しやすい環境の整備、適切な報奨制度の設置、定期的なトレーニングや教育等が含まれます。企業にとって無形資産を管理することの重要性はこれまでに述べてきた通りですが、それを従業員一人一人の行動原理と紐づけるには、会社のカルチャーや仕組みとして根付いていることが大切になります。
総じて、ナレッジマネジメントの実践はチームとしての研究開発力の土台と言うべきものであり、企業が市場での競争力を維持し、長期的な成功を確保するために不可欠な取組です。
知財人材の役割とポテンシャル
会社全体の無形資産を管理するナレッジマネジメントにおいて、取り入れるべき重要な観点が知的財産権の戦略的活用です。社内でドキュメンテーションされるナレッジのうち、排他権を得ることで技術の差別化を図りたいもの、パートナーシップ(共同開発・提携・委託・ライセンスアウト等)の交渉材料としたいものについては、知的財産権として資産価値を世に明示していくことが有効です。
権利化や活用も見据えながら戦略的にナレッジマネジメントを推し進めるためには、知財専門人材の力が重要だと考えています。研究開発や事業創出のプロセスそのものに知財人材が貢献していくために、今後引き出すべきと考えるポテンシャルを記します。
知財人材は、技術の核心を捉えた上で、それを権利範囲・特許性・侵害立証性などの唯一解のない概念を文章に表現して落とし込む能力を持ちます。自然科学において真実を追い求める純粋な技術文書ではなく、社会科学として因果関係が不明確な(ビジネス的な人の動きや意図を取り入れた)技術概念文書を書き抜くことにかけては右に出る者はいないはずだと考えています。一方で、現状はいわゆる知財権に関する文書の枠に閉じ籠っている傾向があり、一歩踏み出して会社のナレッジマネジメントに資する裾野の広いドキュメンテーションを開拓していけば、大いに事業貢献ができるのではないでしょうか。
CIPOとCKOの統合的な役割
一般に、企業活動における知的財産の責任者は、Chief Intellectual Property Officer(CIPO)です。一方で、上述したナレッジマネジメントの効果的な推進の観点からは、Chief Knowledge Officer(CKO)としての役割も担っていくことが重要なのではないかと思います。CIPOとCKOの役割を統合することによって初めて企業の無形資産の価値は最大化すると考えています。
ナレッジの共有と活用の促進
CKOの役割は、企業内でのナレッジの適切な共有と活用を促進することにあります。これには、成果の形式知化や整理、メンバーがアクセスしやすいデータベースの構築、情報共有を容易にするためのシステムやプロセスの構築が含まれます。具体的には、イントラネット等を通じて従業員が必要な前提情報やベストプラクティスに簡単に辿り着ける環境を整えることによって、組織全体の学習速度が向上し、迅速な意思決定とイノベーションが促進されることを目指します。
知的資産の価値向上
CIPOは知的財産の法的保護と管理に焦点を当てる一方で、CKOはそのナレッジをイノベーションにどのように結びつけるかのプロセスに着目します。これらの機能を統合することによって、企業が持つ知的財産を保護し、同時にその経済的価値を最大化するための戦略的なアプローチが提供できるはずです。更に、この過程に他社の知的財産権に関する調査・分析の結果を取り入れることができれば、社内外のナレッジの利活用を効果的に促すことも期待できます。
高度化するイノベーションとその突破口
近年、複数の技術要素を「高度に」すり合わせることが求められる研究開発が増えています。例えば、自動車業界では、機械工学、電子工学、コンピュータサイエンスが統合され、自動運転車の開発が進んでいます。また、エネルギー分野では、再生可能エネルギー技術とデジタル技術が融合し、より効率的で持続可能なエネルギーソリューションが生まれています。このような高度複合領域の研究開発でブレークスルーを生み出すには、技術要素のエッセンスの抽出と共有化は必要不可欠です。
その鍵を握っているナレッジマネジメントについて、知財人材は今こそ向き合うべきと考えています。知的財産権法は産業の発展を図ることを目的とした法律、知財「権」を活用するだけではなく、ナレッジの形式知化と共有知化を推進し、イノベーションのプロセスそのものに関わっていきたいですね。
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記事作成者
皆さんこんにちは。知財の楽校で代表をしております玉利泰成と申します。私は2014年に新卒で出光興産に入社し、最初の5年間はコーポレート系の知的財産部門で知財実務全般に従事してから、新規事業立ち上げ期のリチウム電池材料部門に籍を移し、開発現場で知財戦略の立案と推進、各種知財管理体制づくりに携わりました。在籍中の2021年2月に副業で知財教育サービスの個人事業を開業し、半年後の8月に法人成りして創業した会社が知財の楽校です。その後、出光興産を退職し、現在は建設テックベンチャーのPolyuseというスタートアップで知財責任者として働いています。また、2023年10月からは知財塾の社外取締役も務めております。
※株式会社知財塾 社外取締役就任(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000096850.html)
【就任理由】教育事業においてさらなる顧客価値の向上を図るため、同じく知財業界で教育事業を展開している株式会社知財の楽校の代表取締役社長である玉利泰成氏を社外取締役として迎え入れました。
【コメント】私が代表を務める知財の楽校では、事業・開発との繋がりを重視した知財知識体系の構築に取り組んでおり、主に技術者向けの知財研修用動画教材の企画・制作をしてきました。知財塾の演習・実践形式を中心とした専門実務志向のコンテンツと協力体制を緊密にし、知財人材としての標準スキルセットをより網羅的に教育支援していきたいとの想いを上池さんと共有したため、この度、社外取締役としてジョインすることになりました。どうぞよろしくお願いいたします。
※知的財産管理技能士会表彰(https://www.ip-ginoushikai.org/hyoushou)2022年奨励賞
企業に所属し研究開発の現場で知財戦略や実務に取り組む傍ら、独力で知財教育サービスに関する法人を立ち上げ新ビジネスの創出にも挑戦し、複業スタイルにより、①知財専門性を磨くことと知財以外のスキル(経営感覚等)拡張との両立、②個社の知財活動により現場感覚を維持しながら業界全体の発展に向けたサービスを生み出すこと、を満たすような知財技能士としての新しいキャリアの在り方を積極的に示そうとしている実績。
知財技能士・知財アナリストのための特別セミナー「キャリア拡大!知財パーソンの複業を考える」に登壇し、知財技能士のキャリア開発に貢献した実績。
※知財HRキャリアインタビュー(https://hr.tokkyo-lab.com/column/pinfosb/interview5)
今までも、これからも、知財活動の現場をマルチに追い求めるチャレンジャーでありたいと考えておりますが、日本全国の知財人材の皆様と一緒に成長していきたいという想いがあり「IPマルチジョブログ」を始めることにいたしました。コーポレート知財部・事業部知財課・スタートアップ知財責任者・複業で知財サービス会社の起業、と渡り歩くなかで得られた知見を発信し、少しでも皆様の知財活動の発展に役立つ情報が届けられればとのコンセプトです。日々の現場活動からテーマを選定して記事や動画にまとめていきますので、ご興味のあるコンテンツをご覧ください。
また、「知財キャリア相談1on1」も行っております。若手知財人材(35歳以下)の皆様が抱えているキャリアの悩みに直接1on1で相談に乗ります(5000円/時間)。オンライン面談形式ですが相談内容については秘密保持を誓約します。IPマルチジョブログを見るなかで、知財活動の捉え方やキャリアの考え方について共感する部分が多ければ、ぜひ「お問合せフォーム」からご連絡をお願いいたします。