知的財産権に関連する経費(知財経費)は、多くの企業で管理に頭を悩ませていると思います。知財活動やそれ対する投資は中長期的な目線のものであり、期待される効果も非常に潜在的なケースが多いからです。本記事では、知財経費が青天井の傾向になりやすい理由と、それをどうコントロールしていくべきかについて解説します。
知財経費が膨らむ背景
知財経費が盲目的に膨らんでしまう背景には複雑な要因が絡み合っています。主な要因としては以下の3つが挙げられると思います。
- 期待される効果の潜在性
知財活動は将来に向けての技術やアイデアの保護を目的として行われます。そのため、それらの具体的な価値や成果は短期間では明確になりにくいことが一般的です。例えば、ある技術に対する特許権を取得した場合、実際に商品化されて市場で受け入れられるまでには時間がかかりますし、その特許技術そのものが最終的な商品に使用されるかは不透明です(技術は研究開発によってピボットするということです)。このような不確実性から、短期的なROI(投資対効果)が見込めないという難点があります。
- 段階的な費用
知的財産権の取得や管理には、多くの段階が伴います。出願から審査対応、登録手続、さらには権利の維持・管理といった一連の対応が含まれます。これらの各段階で異なる経費が生じるため総額は大きくなりますし、案件によって対応の回数や内容(単価)が変わってくるので予算の見込が難しくなります。
- 突発的な高額対応
知的財産権には訴訟リスクがあります。特に、競合他社との間で特許権侵害や商標権を巡る訴訟が生じた場合、これに対応するための法的手続き費用や弁護士費用が突発的に急増します。紛争が長引くとその経費も膨らむため、予め完全に予測することは困難です。
以上のような要因が組み合わさることで知財経費は膨らむ傾向がありますが、これらの背景を理解した上で適切な経費管理をすることは大変重要です。
知財経費の青天井化の問題点
「知財経費が膨らむ背景」でお話したました通り、知財経費の増加には複雑な要因が絡み合っています。これらを適切に管理しないと知財経費は青天井のように膨らみ続けてしまうおそれがあります。これを放置すると以下のような重大な問題に繋がります。
- 知財の専門部隊の聖域化
組織においては、特定の部門やチームが持つ特殊性や専門性が高まってくると、他部門から干渉されにくい「聖域」として扱われることがよくあります。知財の専門部隊も、その高度な専門知識や活動内容の特異性から、独自のポジションを持つ傾向があると思います。そのため、知財経費は他部門からの監視やチェックが行われにくくなり、適切にコントロールされない状態になっていきます。結果として、事業や研究開発部隊と予算のコンセンサスがとれず、経費の無駄遣いにも繋がります。
- 知財への不信感
知財活動は、中長期的な視点での投資回収が主目的であるため、短期的な利益を期待することは難しいものとなります。その中で、経費が適切に管理されておらず、予算だけが青天井のように膨らんでいく状態が続くと、組織内では「知財活動には多くのコストがかかりすぎている」という認識が広まるのも当然です。このような認識が根付いてしまうと、知財活動そのものへの信頼や評価が低下していきます。結果、新たな知財権創出へのモチベーションは低下し、知財活動が機能不全を起こします。
以上のような問題を避けるためにも、知財経費の透明性を高めて、適切な管理と監視を行うことは不可欠です。事業にとって知財への投資が長期目線で大切だと謳うのならば、まずは足元の経費管理を固める必要があると思っています。
知財人材の教育と経費
知財人材は当然のことながら、特許や商標、著作権などの知的財産に関する知識とスキルを持つプロフェッショナルです。一方で、知財経費の青天井化を防ぐことが重大な課題の一つとの前提に立てば、経営の視点や経費管理に関する知識も本気で磨く必要があると思います。
- 経営の視点を持つことの重要性
知財の価値は、事業化や適切な管理を通じて初めて組織に貢献します。そのため、知財人材は、技術や知財権の価値を評価するだけではなく、それらがビジネスにどのように結びつくかという視点を持つ必要があります
- 経費意識の高まりと投資判断
知財活動にかかる経費は多岐にわたります。経費管理に精通した知財人材は、無駄な経費を削減しつつ、的確な投資判断を下す(そのために必要な情報を示す)ことが可能となります。
- 組織との信頼関係の強化
知財部門が経費管理に注力することで、他部門との信頼関係が強化されます(これが極めて重要です)。事業全体の経費に対して知財経費がどのような構成になっているか、それが果たして適切かを答えられないようでは、予算の申請やプロジェクト提案時に尊重されるはずがないからです。その上で、知財活動のROIや経費対効果を明確に示す能力も必要になっていきます。
以上のことから、知財人材の教育プログラムには、専門的な知識の習得だけでなく、経費管理や経営の視点を持つカリキュラムが必要だと考えています。当然のことながら、自ら貪欲にスキルアップを図る姿勢に勝るものはありません。
アカウンティングやファイナンスの基礎の重要性
ここまででお話ししてきたことを踏まえますと、知財活動がビジネスの未来の成果や収益にどれほど影響を与えるかを正確に伝える能力は不可欠になります。そのため、知財人材の育成指針には、アカウンティングやファイナンスの基礎も含まれるべきと考えます。その理由を詳しく説明します。
- 言語の統一と認識の共有
経営層やファイナンス部門は、日常的に数字や財務諸表を基に判断を下しています。知財人材がアカウンティングやファイナンスの言葉を使ってコミュニケーションを行えるようになると、その意義や提案の価値が伝わりやすくなります。
- 予算申請や計画の具体性
知財活動の経費や予算を提案する際、具体的な数字やROIを示せる能力が求められます。抽象的な説明よりも、具体的な数字や経営の視点からの説明が、経営層からの支持を得やすくなります。
- リスク管理と収益の最適化
知財には、権利の維持費用や訴訟リスク、ライセンス収入の機会など、多岐にわたる経済的側面が存在します。ファイナンスの基礎を理解している知財人材は、これらのリスクやチャンスを適切に評価して最適な経費管理や収益化策を検討できます。
- 他部門とのシナジーの創出
組織内での知財活動の価値を最大化するためには、他部門との連携が不可欠です。知財人材がアカウンティングやファイナンスの基礎を理解していれば、他部署との協力関係をより深化させ、組織全体の成果を高めることができます。
まとめ
知財経費は盲目的に膨らんでしまう傾向がありますが、これらを適切に管理し、経営層や他部署との信頼関係を築くことが重要です。知財人材自身のスキルアップや教育を通じて、経費管理の意識を高めることが求められていると思います。
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記事作成者
皆さんこんにちは。知財の楽校で代表をしております玉利泰成と申します。私は2014年に新卒で出光興産に入社し、最初の5年間はコーポレート系の知的財産部門で知財実務全般に従事してから、新規事業立ち上げ期のリチウム電池材料部門に籍を移し、開発現場で知財戦略の立案と推進、各種知財管理体制づくりに携わりました。在籍中の2021年2月に副業で知財教育サービスの個人事業を開業し、半年後の8月に法人成りして創業した会社が知財の楽校です。その後、出光興産を退職し、現在は建設テックベンチャーのPolyuseというスタートアップで知財責任者として働いています。また、2023年10月からは知財塾の社外取締役も務めております。
※株式会社知財塾 社外取締役就任(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000096850.html)
【就任理由】教育事業においてさらなる顧客価値の向上を図るため、同じく知財業界で教育事業を展開している株式会社知財の楽校の代表取締役社長である玉利泰成氏を社外取締役として迎え入れました。
【コメント】私が代表を務める知財の楽校では、事業・開発との繋がりを重視した知財知識体系の構築に取り組んでおり、主に技術者向けの知財研修用動画教材の企画・制作をしてきました。知財塾の演習・実践形式を中心とした専門実務志向のコンテンツと協力体制を緊密にし、知財人材としての標準スキルセットをより網羅的に教育支援していきたいとの想いを上池さんと共有したため、この度、社外取締役としてジョインすることになりました。どうぞよろしくお願いいたします。
※知的財産管理技能士会表彰(https://www.ip-ginoushikai.org/hyoushou)2022年奨励賞
企業に所属し研究開発の現場で知財戦略や実務に取り組む傍ら、独力で知財教育サービスに関する法人を立ち上げ新ビジネスの創出にも挑戦し、複業スタイルにより、①知財専門性を磨くことと知財以外のスキル(経営感覚等)拡張との両立、②個社の知財活動により現場感覚を維持しながら業界全体の発展に向けたサービスを生み出すこと、を満たすような知財技能士としての新しいキャリアの在り方を積極的に示そうとしている実績。
知財技能士・知財アナリストのための特別セミナー「キャリア拡大!知財パーソンの複業を考える」に登壇し、知財技能士のキャリア開発に貢献した実績。
※知財HRキャリアインタビュー(https://hr.tokkyo-lab.com/column/pinfosb/interview5)
今までも、これからも、知財活動の現場をマルチに追い求めるチャレンジャーでありたいと考えておりますが、日本全国の知財人材の皆様と一緒に成長していきたいという想いがあり「IPマルチジョブログ」を始めることにいたしました。コーポレート知財部・事業部知財課・スタートアップ知財責任者・複業で知財サービス会社の起業、と渡り歩くなかで得られた知見を発信し、少しでも皆様の知財活動の発展に役立つ情報が届けられればとのコンセプトです。日々の現場活動からテーマを選定して記事や動画にまとめていきますので、ご興味のあるコンテンツをご覧ください。
また、「知財キャリア相談1on1」も行っております。若手知財人材(35歳以下)の皆様が抱えているキャリアの悩みに直接1on1で相談に乗ります(5000円/時間)。オンライン面談形式ですが相談内容については秘密保持を誓約します。IPマルチジョブログを見るなかで、知財活動の捉え方やキャリアの考え方について共感する部分が多ければ、ぜひ「お問合せフォーム」からご連絡をお願いいたします。